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献立表を断捨離。一週間の献立にこだわらないことにした理由。夕食のおかずは自分を信じて。


献立にこだわらなくなったのは、私にとって「毎週献立表を作る」のが難しいとわかったからです。

確かに一週間の献立表があると「何作ろう?」という悩みは少なくなりました。ですが、今度は「献立表を作らなくちゃ」という気持ちが悩みの種になってしまったのです。

というか、気分が鬱々としていると、献立表を作るのはハードルが高く、やれなくなってしまったのです。

献立表を断捨離した経緯と現在のやり方をお伝えします。

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毎食献立に悩んでいました。悩むことが嫌で「一週間の献立を立てれば悩まずに済む」と、献立を立てることに希望を見出してきました。

さくら60が家の中をそこそこきれいにできるようになったのはフライレディのおかげですが、彼女は献立を立てなさいと言っています。→献立を考えてると片付けが進む?小さな習慣で「片付いていて快適な部屋」に住む方法(27)

これまでに書いたように、生活をきちんとするためは献立を立て献立表を作ることが大切だと考えてきました。→かな~りラク、夕飯の献立を決めて二週間目の結果。汚部屋を脱出する方法(27)

ところがブログが書けない時期、献立表も作れなくなってしまったのです。

献立表作りは手間がかかる。


献立を立てるには、まとまった時間が必要です。というか、まとまった時間を取らないと献立が立てられないのです。

さくら60はずぼらなくせに完璧主義者です。→そうか、完璧主義のここがまずいんだ。小さな習慣で汚部屋を片付ける方法(22)

完璧主義が自分の動きにブレーキをかけていることは自覚しているので、なるべくそうしないようにと思ってはいます。

ところが献立を立てようと思うと、この完璧主義が頭をもたげてくるのです。

肉や魚、豆腐、卵などは偏りなく配置しよう、とか、同じ野菜料理が続かないようにしよう、とか、たまには変わった食べ方もしたいな、とか。ついつい「こだわった献立」になっていってしまいました。

これでは時間がかかって当たり前です。楽しんで作れている時は問題ないのですが、自分の調子が悪くなるととたんに献立表から遠ざかってしまうのです。

遠ざかったら遠ざかったで「ああ、この頃全然献立立ててないな、ダメな私だわ」などと思ってしまいます。

一度献立表作りから離れると、次のハードルがさらに高くなり、作らない日々が続いてきました。

献立表がなくても日々食事の用意をしている現実。

どんなに鬱々としていても、毎日ご飯は食べなくてはいけません。冷蔵庫や冷凍庫を開けて、あ、これにしよう、これならすぐにできる、と、何かしら作っては食べてきました。

先日は友人からアスパラを2・5㎏買って、3日間アスパラ料理ばかり食べていました。ゆでたり、炒めたり、チーズをのせて焼いたり、肉で巻いたり、卵焼きにしたり。

アスパラは突然やってきたものでしたが、毎日違う料理を考える楽しさを久々に味わったのです。

あれ?献立ってなくてもやっていけるんじゃない?その日の食材をどう料理するか、その時の気分でいいんじゃないの?
献立の断捨離。

もう一つの出来事。

いろいろな料理を考える気力もないとき、一週間おきぐらいに「鶏モモ肉と玉ねぎの甘辛酢煮」を作ったことがありました。

私としてはいろいろな鶏肉料理があるのに毎週おんなじなんて、家族に申し訳ないな、と心苦しい気持ちでした。ところが、この料理が大好きな家族は大喜びで「いつ食べてもおいしいねぇ」というのです。

その時、「気力がないなら家族の好きな料理を繰り返し作ればいいんだ」ということに気が付きました。

野菜だって茹でただけ、炒めただけが毎日続いたって別に問題ない。レストランやお弁当屋さんじゃないんだから、毎日違った料理でなくてもいいじゃないか、と。

献立表、とりあえず断捨離します。

スーパーなどが近ければ3日ごとに買い物に行くこともできますが、さくら60は山の中に暮らしているので、週一のコープの宅配で食材を買っています。冷蔵庫と冷凍庫の中には「一週間でこれくらいかな?」と予想して買った食材が入っています。

「毎日、そこを覗いて食材を選んで、知っている料理方法で料理する」「食材が少なくなって工夫が必要になったり、特別なことがあるときだけ簡単に献立を立てる」という方法で十分やっていけるのではないか、と思います。

献立表は「あってもよし、なくても良し」

献立があるメリットも十分にわかっています。あったほうが気が楽だということも知っています。だから、献立表を作りたいときは作ればいいのですね。

ですが、献立表づくりがストレスになるなら、献立表はいりません。出たとこ勝負でも、日々の食事は用意できるのです。たとえ焼き魚とみそ汁だけでも、ご飯のおかずとしては十分でしょう。

特別な日(家族の誕生日とかお客様が来るとか)には、品数を増やしていつもより豪華に食卓を飾ればいいのです。

家族の食事を35年作ってきたのだから、食材があればそれなりに食べるものを用意できるのです。その自分の力を信じましょう。

献立表は作っても良し、作らなくてもよし。そう思うと何かから解放されたような、そんな気分になるのです。

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コメント

Re: こんにちは!

海子さま

いつもご訪問、コメントをありがとうございます。それなのにいつも返信が遅くなってしまい心苦しく思っています。
今年は農家の真似事を始めて、慣れないせいもありブログに向き合いうことができませんでした。

海子さんの夏はいかがでしたか?コーヒーカップのお気に入りは見つかりましたか?
私は夏の間も色々捨てました。でも食器は買いました(^^;

秋冬になれば少しは気持ちにも時間にも余裕ができると思うので、ブログを書きたいと思っています。

気まぐれなブログですが、またお越しくださるとうれしいです。ありがとうございました。




さくら60 | 2017.09.12 15:53 | URL


こんにちは!

時々お邪魔してます。お盆も近いですが片付けはどんな感じでしょうか。気になります(笑)
実は私ひと月前からメルカリをはじめました。
売れる事はいいですが困ったことも。
色んな商品がいやでも目に入り食器欲しい病がまた沸々と〜!…で、買ってしまったんです。物を買う事は悪いことではないけど今の私には物が増えるストレスが半端ないです。食器棚を見るたびに開け閉めをする度に…後悔。なのになのに!今度はコーヒーカップを検索しまくりな自分。断つことの重要さが身に染みまくってます。

さくら60さん、こんな私にどうか喝を入れてくださいませ!

海子 | 2017.08.03 10:45 | URL[ 編集 ]














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