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断捨離を決めるのはその時の本人しかいない。夫が捨てた一枚の服から分かったことを検証。


夫が「捨てない」と言っていた断捨離しました。40年ぐらい前のコートです。

もう何シーズンも「ちょっと大きくて袋に入っているみたいだよ」「さすがに流行おくれじゃないの?」「あんまり似合わないと思うんだけど」と言い続けてきました。

「いや、古いものを着るのがカッコいいと俺は思っている」「すごくあったかいから大きくたってかまわない」「服は機能だからいいんだ」といいつつ、ワンシーズンに1回か2回着てはクリーニングしてしまっていました。
ところが先日、「やっぱりこれ、もういいわ、捨てる」と言ってきたのです。

「捨てた方が良いよ」と言い続けたさくら60と「いや、捨てない」と言い続けてきた夫を振り返ると、断捨離についてわかることがいくつかあります。

分かったことの最大のことは「断捨離するか決めるのは本人しかいない」ということです。

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夫はさくら60と同じで、モノを買うけれど手放さないという暮らしをしてきました。→遅すぎる?60歳でシンプルライフをめざして生きていくことを決意。

そしてさくら60が断捨離をしてきたのを見て、自分から相当のモノを捨てています。→夫、驚きの大断捨離、書類を捨てて服をしまう。四つの言葉に見る断捨離の意味。(ビフォーアフター1日目)

定年後、週4日とは言え働いているので、スーツやコートなどは結構な数を持っているのです。夫の服は押入れ部分のほかに洋服ダンスにもあります。→断捨離で分かった、寝室はクローゼットではなく1つの部屋なのだ。書類の断捨離をほぼ終了(ビフォーアフター2日目)
(現在、押入れ部分は夫の洋服でギチギチです。)

あんなに捨てないと言っていたコートを捨てたことについて、考えさせられる点がいくつかありました。

コートの由来。

もともとこれは夫の兄のものでした。(1970年代に、この手のコートが流行したことを覚えておられる方々もいらっしゃると思います)

いつ頃だったか、夫の実家に行った際、義兄が「もう俺着ないから、いるならお前にやるよ」と言って、このコートを夫に譲ってくれたのです。

夫もかつてはこの手のコートを持っていたようですが、当時は持っていなかったため「もらう」と言って、持ち帰ったのです。当時、「夫には大きいし、重そうだし、本当に着るのかなぁ」と懐疑的なさくら60でした。

夫とコートの付き合い方。

案の定、コートは何年もの間、洋服ダンスの隅にかかったままでした。

断捨離に目覚めたさくら60には洋服ダンスの一画に常にあるコートは邪魔にしか見えません。もらってから一度も着たところを見てもいません。

なので「捨ててもいい?」と聞きました。と、夫は「イヤ、それは着れるから捨ててはいけない」と言います。

「だってこれまで着たところ見たことないよ。サイズも大きいし重そうだし、これがなくても冬を越してきたじゃない?」「いや、今シーズンから着るから」

確かにそのシーズンから数年、夫はかなり寒い日に限って、コートをひっぱりだして着るようになりました。

ところがこの春突然、「もうこれいいわ、着ないから捨てて」と言ったのです。夫の中で何かが吹っ切れたように見えました。
20170625夫の断捨離、コート。

自分以外の人に「これ捨ててほしいんだけどなぁ」と思ったとき。

自分以外の人に断捨離を押し付けるのはルール違反です。→断捨離のやり方は人それぞれだから「言ってはいけない」。夫の部屋の断捨離でのNGワード3選。

ですが、「もういらないんじゃないの?」「捨てるとすっきりするんじゃなの?」としつこくならない程度に言うのはいいことかもしれないと思います。

相手が「捨てる」という概念を持っていない時は、「捨てるという選択肢もある」ということを認識してもらう一定の効果はあるのではないかと考えるからです。たとえその時はつれない返事だったとしても、心のどこかには残るのではないでしょうか?

夫も心のどこかに残っていたから、今シーズンで捨てる、と決心できたのだと思います。(とは言え、これは受け止める人によるでしょうが。)

ただ、この時言う側が、目に見える形で断捨離を実践している必要があります。実践しているからからこそ言葉に実感が伴うわけで、自分のモノを捨てずして相手に捨てろというのはこれほど横暴なことはないといっていいでしょう。(こちらも受け止める側にはいろいろな事情があって一概にはいえませんね。)

「今、この時の自分」が「捨てる」と決めるのが断捨離?

一つは上記のように、さくら60自身の断捨離が夫に影響を与えていた、ということ。

二つ目は、長年持っていた文書や文房具を捨ててきたことで、夫に断捨離がどういうことかわかってきたこと。

三つ目は「断捨離を決めるのは本人以外の誰でもない」ということです。

誰がどんな言葉をかけても、本人がどんなに実践を積んでも、今、目の前にある一つのものを捨てると決意するのは、その時の本人だけです。

夫だって、もしかするともうかなり前の時点で「このコートはあまり使えないな」と思っていたのかもしれません。その時点では「捨てる」という選択はしませんでした。「着てみる」という選択肢だったのです。

何シーズンか「着てみた」結果、ようやく「捨てる」という道を選んだ。今回の出来事はさくら60にはそんな風に思えました。

自分のモノを「捨てる」と決めるのは「今、この時の自分」しかいないということなのです。それが断捨離なんだ、と思いました。

・・・これはさくら60としては感動的な気付きだったのですが、うまく伝えられません。またいつか、この気付きについて書いてみたと思います。

さあさあ、大切なのは他人の断捨離ではなく自分の断捨離です。次は自分のモノを捨てます。

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